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こびとづかん
やっとお休みが取れました
明日・明後日と2連休だわ(はあと)

と思ったら、あら不思議

気が緩んだ途端に巻き起こる
頭痛・吐き気・腹痛
おまけに
身体が重いし、あちこち浮腫むし・・・

根性無しが自慢(?)だったはずなのに
それなりに気力で生きてた部分もあるみたいです><

とりあえず明日は、家事に追われつつ
ゆっくり・のんびり過ごそうかな、と


うん



こんな絵本を眺めながらね(笑)

『こびとづかん』って
そのまんまコビトの図鑑なんですけど

みんなはコビトを見たことがありますか? 昆虫でも植物でもない不思議な生きもののこと。世の中にはいろんなコビトが生息しているんだって。ぼくはコビトを探しにいくことにした…。大自然・秘密のファンタジー絵本。

・・って・・絵がね・・・キモイです
キモカワというか、シュールというか
この衝撃は、あの「せ○とくん」に匹敵します

まあ、好きなんですけども
かなりツボではあるんですけども(笑)

そもそもファンタジーだからって
何でもかんでもキャラクターが
可愛くなくちゃいけないってことは無いわけで、ね

何よりも
「お前が虫かごに入れられたら?
お父さんお母さんと離れ離れになったら?」

と男の子を諭すおじいちゃんの言葉
そんなメッセージが込められていたり

これ、息子が小さいころに読んであげたかったなあ
多分このキモカワいさは解ってくれないだろうけど(笑)



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ぼくはねこのバーニーがだいすきだった
ぼくはねこのバーニーがだいすきだった
ぼくはねこのバーニーがだいすきだった
ジュディス・ボースト,エリック・ブレグバッド,なかむら たえこ

「愛するものの死」がテーマの絵本というのは
他にも沢山ありますが
この本に登場する大人たちは素敵です。

ぼくの大好きなねこのバーニー、
金曜日に死んじゃった。
ぼく、とっても悲しかった。
泣いて、テレビもみなかった。
泣いて、泣いて、ゆうごはんもたべなかった。


そんな「ぼく」を

「あした、バーニーのお葬式をしましょうね。」
「だから、バーニーのいいところを、十、思い出してごらん。
お葬式でみんなに話せるように。」


と抱きしめるお母さんと


「死んでしまったらどうなるのか」という疑問に

「てんごくのこと、あまりよく知らないんでね」

と正直に答えるお父さん。



子供から投げられた素直な疑問と向き合う時に
「どれだけ解りやすく伝えるか」とか
「どこまで正直に答えるか」と自問し始めると、
何かに自分が試されているような気持ちになりますが
大人の勝手な感傷に振り回されずに
正面からきちんと向き合うなら
子供はその持ち前の柔軟な心で
幼いなりに受け止め、成長していくのでしょう

お父さんの庭仕事を手伝いながら
思い出した「十番目のバーニーのいいところ」は
本当に素敵です
「大好き」という想いは、どんな悲しみも
昇華させる力を持っているのかもしれません

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読書メモ
「やって来るものを受け止めながら手放していけばいいんだよ。
どんなものでも自分にやって来るものはプレゼントだ。
受け止めて手放せばいい。
そうしていくと、受け止めた衝撃で流れが起こって自然にあるべき方に流れていく。
自分でありながら、でも流されろ。
自分の外から来るものは、全部、プレゼントだ。」
(できればムカつかずに生きたい/田口ランディ)

最近読んだものの中では、結構面白かったかな

何となく時間に追われていたり、
気分が乗らなかったりで
坂口安吾はなかなか読み終わらないけれど(苦笑)

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モルヒネ/安達千夏


2007年 書店発ベストセラーなのだそうな
帯にはうずくまって泣きました。。。とある

どこが?
どこが泣き所なのか、小一時間それを書いたひとを問い詰めたい(苦笑)

不幸な過去を持ち、「死ぬために医学を学んだ」主人公の前に
余命幾許も無いかつての恋人が現れて・・・
というお話なのだけれど

一歩間違えると、チープな恋愛小説になってしまいそうなところを
「尊厳死と安楽死の差」の話しだったり、在宅医療の在り方だったり、
そういう小道具に助けられたような感じ

「医師免許は、死ぬために求めた権力だった。記憶も残さなかった母と、幼い姉の死は、私には早すぎて、遅れて心中するつもりで、成長を待った」という主人公の
「私より先に死んでしまう人は、みんな、大嫌い」 床に向かい叫んだ。椅子にかけたまま前のめりで、両手で膝をつかんで、涙声で、とてもみっともないことはわかっている。
だいっきらい。涙はこらえたのに、それが鼻腔へ降りてくる。天井を振り仰ぐ。だいっきらいなのよ。語尾がしぼむ。
「私はきっと、死んでいった人達を憎んでる」

この辺りは好き
共感は出来ないかもしれないけれど、
置いて行かれる側の、砂を咬むような気持ちはよくわかる

でも、その思いを吐き出せたなら、
貴女は、貴女のこれからの人生を歩いていけるよ、
そう言ってあげることもできるだろう


読み終えて、20年も前に亡くした友人を思い出した
主人公の恋人と同じ病気で

頭の中に、もう手術では取りきれないほどの腫瘍を抱え、
ついには視力を失ってしまった友人を見舞った夏

何を言えばいいだろう、と躊躇いながら病室のドアを開けると
向うから「失明しちゃってね」と明るく声をかけてくれた友人

「っていうことは・・・この先わたしがお婆さんになっても
○○さんだけは若くて美しい私しか知らないのね〜」
「そうそう、感謝してくれなくっちゃあ」

そんな会話で、皆で笑ったけれど

その時病室にいた誰もが知っていた
本人も、家族も、私も

あと1年も存えることはできないだろう、ということ

友人は20代の頃の、若い私しか知らないままで旅立ってしまったけれど
私もまた、最期まで明るかった友人しか知らないままで、
いつか向うへ旅立つのだろう

私は友人を一度でも憎んだことがあっただろうか
いや、そんなことは無い
今までも、これからも

ひとの命への思いは様々なのだもの、と
あらためて思った1冊

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歳月/茨木のり子


最近、何となく体調が優れないので
仕事帰りに薬局に立ち寄り
サプリメントをいくつか購入(涙)

あれこれと物色しながら何故か急に

あ、本が欲しいかも・・・

と思い立つ

「読みたい」じゃなくて「欲しい」
っていうか「本屋さんに行きたい」(笑)

家にはいつも何冊か文庫本のストックがあるし
(本屋さんに立ち寄ったら、手ぶらでは帰れない私)
我儘な私には「全く本を読みたくない時」もあって(苦笑)
だから、買ったはいいものの、
ずっと手つかずになったままの本が
何冊もあるわけで
だから何か読みたいと思えば、そこから選べばいいのだけれど

何故かどうしても今日は本屋さんに行きたい(笑)

そんなわけで、用も無いのに本屋さんへ行ったものの
お目当ての本があるわけでは無いから
何となくあれこれと眺めていたら

目に留まったのが
茨木のり子さんの「歳月」という詩集
(最愛のご主人に先立たれてから31年という長い歳月の間に
書き溜めていらした40篇近い詩は
「一種のラブレターのようなものなので、ちょっと照れくさい」
と、生前には公表されなかったのだそうな)

家に帰るまでの短い時間も待ちきれず
一階のカフェでコーヒーを飲みながら
とうとう一冊まるごと読み終えてしまった私

中でもとても心に残ったのが

古歌

古い友人は

繃帯でも巻くように

ひっそりと言う

「大昔から人間はみんなこうしてきたんですよ」


素直に頷く

諦められないことどもを

みんななんとか受け止めて

受け入れてきたわけなのですね


今ほど古歌のなつかしく

身に沁み透るときはない

読みびとしらずの挽歌さえ

雪どけ水のようにほぐれきて


清冽の流れに根をひたす

わたしは岸辺の一本の芹

わたしの貧しく小さな詩篇も

いつか誰かの哀しみを少しは濯うこともあるだろうか



ああ、そうだったんだ
今日私が欲しかったのは
サプリメントでも日焼け止めでも
サラダに使うレタスでもなくて
これだったんだなぁ、きっと
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キミは他人に鼻毛が出ていますよと言えるか/北尾トロ
衝動に任せて買ったまま放置している文庫本がたまっているので、読書の秋だし、ってことで少しずつ読んでいるのですが、最近やっと読み終えた一冊です

最初に本屋さんで手に取った時、なんというアホなタイトル!とは思ったものの・・目次に目を通したら何だかとっても読みたくなってしまって

だってね・・

***

第一章 ぼくはただキミと話がしたいだけなんだ
・電車で知らないオヤジに話しかけ飲みに誘う
・GW(ゴールデンウィーク)のお台場で孤独な男たちと人生を語り合う
・子供と遊びたいと思うのは犯罪なのだろうか

第二章 そのひと言がなぜ言えない
・電車でマナーを守らぬ乗客を叱り飛ばす
・激マズ蕎麦屋で味の悪さを指摘する
・ウィンズにたむろする席取りオヤジに着席権を主張する
・知人に貸した二千円の返済をセマる
・キミはちょい知りの他人に「鼻毛が出てますよ」と面と向かって言えるか

第三章 勝負の時はきた
・皐月賞に30万円一点で挑み、JRAの封印付きの札束をモノにする
・人前で自作の詩を朗読する
・「42歳フリーライター」の値打ちを就職試験に問う

第四章 センチメンタルジャーニー
・好きだと言えなかったあの女性に23年のときを越えて告白する
・ぼくはなぜ生まれたのか、母親に恋愛時代の話を聞きに行く
・クラス一丸でさんざんイジメた担任教師に謝罪する

番外編 消えたフリーライター持馬ツヨシの行方を追う

***

作者が昔のテレビ番組の「電波少年」さながら ”やってみたいけど、ちょっと勇気がいるよな”と、ついためらってしまう ”ほとんどどうでもいいこと” ”やってやれないことはないけど少しばかり度胸がいるとか、恥ずかしい気持ちに打ち勝たなければならない”種類のものに、チーター(水前寺清子)の「365歩のマーチ」を頭の中に鳴り響かせながら体当たりで挑むレポートです(笑)
(「裏モノの本」「裏モノマガジン」「裏モノJAPAN」と場所を変えながら連載されたものだとか)

こういうものは気分転換だとか、電車の中での暇潰しに読むのにはちょうどいいかな
ちなみに私はどれも出来ません^^;
せいぜい頑張っても「電車でマナーを守らぬ乗客を叱り飛ばす」くらいかなあ
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緑に見える芝生
チーヴァーは物語を破綻させない。
ここまでペシミスティックな目を持っているくせに、隠者となって、自分の外側にある世の中を嘲笑気味に眺める、というようなスタンスを、この人は決してとらないのだ。
ここまで書くならいっそそうした方が楽なのに、と私など余計なことを思ってしまうのだが、チーヴァーは頑として逃げない。
世の中には救いなどない、という書き方をしながら、それでも絶望を選ばない。


江國香織の「泣かない子供」の中の、そんな一節に惹かれて手にしたのがジョン・チーヴァーの『橋の上の天使

「幸せの形はどれも似ているが、不幸の形は様々である」と言ったのは誰だったかは忘れたけれど、読んでいてふとその言葉を思い出した
一見しただけでは分からないだけで、本当は誰だってその心の奥に何かを抱えている
ぼんやりとした不幸だったり、疎外感や孤独感だったり
隣の芝生は緑に見えているだけだなんて、大人なら誰だって知っていることを今更ながら思った

まるで一枚の写真のように、何処にでもあるような日常の中に潜む不幸が淡々と描かれていて、ふとユトリロの絵を観ているような気分になった
でも、「作家が絶望しないというそれだけで、彼の書く小説は一つ一つ、どんなに悲劇的に見える物語でも、すでに救われている」と江國香織が言うように、ただのペシミスムだけでは無いところが、チーヴァーという作家の素晴らしさなんだろうな
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読書感想文でも書こうかな
衝動買いしてしまうものひとつが、文庫本だったりする私^^;
本屋さんというのは時間を潰すにはもってこいの場所だし、文庫本はお値段も手軽だし・・ってなわけで面白そうなタイトルの本や、好きな作家さんのものを見つけたりすると、買ったままで未だ読んでいない本が何冊もあるにも関わらず、つい買ってしまうわけで(汗)

先日も、何気なく立ち寄った本屋さんで2冊を衝動買い
気を入れなおして、少しずつ読み始めています

なんかね、最近はデスノート他(つまり漫画)に嵌っていて、ちゃんとした「本(活字)」読んでいないなぁ・・と半ば焦りにも似たものがあって
(いや、デスノートは面白いのだけれどね^^;)

ほら、この時期は「夏の100冊」のようなシリーズで、色々なものが並んでいるでしょ
眺めているだけでも十分楽しかったのだけれど、気になるタイトルの本を見つけてしまって(笑)

で、レジに並んでいたら・・高校生の頃に読んだ本を100冊シリーズの中に発見☆

その時は「懐かしい」としか思わなかったけれど

スコット・フィッツジェラルドは、恋人がブルーストの「失われた時を求めて」を読んでいるのを見て、「一日に十ページ以上は読まないことだね」と助言したという。「ゆっくり、丁寧に読んで、先に進む前に、読んだところをよく消化するんだよ」と─
(”こういう強い力を持つ文章は、いっぺんにたくさん読んではいけない”/「泣かない子供・江國香織」より)

という一節を読んで、若い頃に読んだものを大人になって読み返してみると、あの頃とは違うところに感じ入ったり、「こういう意味だったのか」と新たな発見をしたりするのは、もしかしたら経験からくる感性の変化だけじゃなくて、「消化」の仕業かもしれないと思ったら、もう一度読みたくなってきてしまった

高校生の頃などは、特に手当たり次第に本を読んでいた気がする
それこそきちんと消化する暇も無いくらいに
改めて読み直すことで、消化しきれずに残っていたものが、やっときちんと消化され栄養となって、自分の中に吸収されていくのかしら

ああ、やっぱりあの本を買おう
「昨日ママンが死んだ」そんな書き出しは、しっかり今でも覚えているあの本を

今また読んでみたら、自分が何を思うのかが知りたい(笑)
あのころは理解出来なかったラストの主人公の気持ちも、少しは分かるかも知れない

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